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大阪地方裁判所 昭和51年(行ウ)53号 判決

原告 中屋富夫

被告 茨木税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

被告が昭和五〇年一月二五日付で原告に対していた、昭和四六年分及び昭和四七年分の所得税の決定及び無申告加算税賦課決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は昭和四六年分及び昭和四七年分の所得税の確定申告をしなかつたところ、被告は昭和五〇年一月二五日付で原告に対し、次の内容の所得税の決定及び無申告加算税の賦課決定(以下本件処分という)をした。

(1) 昭和四六年分

事業所得の金額   六万七、二八二円

給与所得の金額 一〇四万七、九五〇円

雑所得の金額  七一一万六、一二二円

総所得金額   八二三万一、三五四円

納付すべき税額 二一四万七、五〇〇円

無申告加算税   二一万四、七〇〇円

(2) 昭和四七年分

事業所得の金額  五八万六、八二〇円

給与所得の金額  七六万〇、〇〇〇円

雑所得の金額  八五六万一、五二四円

総所得金額   九九〇万八、三四四円

納付すべき税額 二七三万六、〇〇〇円

無申告加算税   二七万三、六〇〇円

(二)  本件処分には所得を過大に認めた違法があるから、この取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因(一)は認め、(二)は争う。

三  被告の抗弁

(一)  原告の昭和四六年分、昭和四七年分の所得金額は次のとおりである。

(1) 昭和四六年分

事業所得の金額   六万七、二八二円

給与所得の金額 一〇四万七、九五〇円

配当所得の金額  一〇万三、一二五円

雑所得の金額  七六三万四、〇五五円

総所得金額   八八五万二、四一二円

(2) 昭和四七年分

事業所得の金額  五八万六、八二〇円

給与所得の金額  七六万〇、〇〇〇円

配当所得の金額  三〇万六、四三一円

雑所得の金額  八六六万四、八八二円

総所得金額 一、〇三一万八、一三三円

(二)  原告の昭和四六年分、昭和四七年分の雑所得の内訳は次のとおりである。

(1) 昭和四六年分

金銭貸付利息の所得 一三九万一、七五〇円

株式売買による所得 六二四万二、三〇五円

(2) 昭和四七年分

金銭貸付利息の所得  九六万四、〇二〇円

株式売買による所得 七七〇万〇、八六二円

(三)  昭和四六年分の原告の株式売買による雑所得の内訳は次のとおりである。

(1) 現物取引

現物取引の銘柄別の損益計算明細は別表1のとおりであり、その損益計算は別表2のとおりである。

ア 収入金額          二、五七二万三、四〇九円

別表2の〈4〉欄の合計金額。この収入金額は、当該売却株式価額より、売却に伴う委託手数料及び有価証券取引税を差し引いた金額である。

イ 収入原価          二、〇一六万三、五七七円

別表2の〈5〉欄の合計金額。この収入原価は、当該買入株式価額に、買入れに伴う委託手数料を加算した金額である。

ウ 利益金額(ア―イ)       五五五万九、八三二円

(2) 信用取引

信用取引計算の明細は別表4のとおりである。

ア 信用取引決済額

決済(利益)代金合計額        八七万五、三四〇円

別表4の〈3〉欄の合計金額

決済(損失)代金合計額         七万五、二四二円

別表4の〈1〉欄の合計金額

差引利益金額             八〇万〇、〇九八円

右の各信用取引決済額は、信用取引に伴う金利等を加減計算した金額である。

イ 配当金または権利処理代金

利益配当金等合計額           九万六、一一一円

別表4の〈4〉欄の合計金額

損失配当金等合計額               五一七円

別表4の〈2〉欄の合計金額

差引利益金額              九万五、五九四円

右の金額は配当落調整金を含んだ金額である。

ウ 事務管理料            二一万三、二一九円

別表4の〈5〉欄の合計金額

エ 利益金額(ア+イ―ウ)      六八万二、四七三円

(3) 合計所得金額((1)+(2)) 六二四万二、三〇五円

(四)  昭和四七年分の原告の株式売買による雑所得の内訳は次のとおりである。

(1) 現物取引

現物取引の銘柄別の損益計算明細は別表1のとおりであり、その損益計算は別表6のとおりである。

ア 収入金額                二、〇二三万九、六七五円

別表6の〈4〉欄の合計金額。この収入金額は、当該売却株式価額より、売却に伴う委託手数料及び有価証券取引税を差し引いた金額である。

イ 収入原価                一、二八九万一、八九四円

別表6の〈5〉欄の合計金額。この収入原価は、当該買入株式価額に、買入れに伴う委託手数料を加算した金額である。

ウ 利益金額(ア―イ)             七三四万七、七八一円

別表6の〈6〉欄の合計金額

(2) 信用取引

信用取引計算の明細は別表8のとおりである。

ア 信用取引決済額

決済(利益)代金合計額             一〇九万六、二三一円

別表8の〈3〉欄の合計金額

決済(損失)代金合計額               五万一、二四八円

別表8の〈1〉欄の合計金額

差引利益金額                  一〇四万四、九八三円

右の各信用取引決済額は、信用取引に伴う金利等を加減計算した金額である。

イ 配当金または権利処理代金

利益配当金等合計額                 六万一、六〇〇円

別表8の〈4〉の合計金額

損失配当金等合計額                       〇円

別表8の〈2〉欄の合計金額

差引利益金額                    六万一、六〇〇円

右の金額は配当落調整額を含んだ金額である。

ウ 事務管理料                  二四万六、五〇二円

別表8の〈5〉欄の合計金額

エ 利益金額(ア+イ―ウ)            八六万〇、〇八一円

(3) 特別経費                 五〇万七、〇〇〇円

調達資金に対する支払利息

(4) 合計所得金額((1)のウ+(2)のエ―(3)) 七七〇万〇、八六二円

(五)  右(三)(四)の株式売買による雑所得に対しては、所得税法九条一項一一号イ、同法施行令二六条二項により所得税が課せられる。

(1) 右(三)(四)の株式売買は山一証券株式会社梅田支店(以下山一証券という)に委託してされた。

(2) 株式の売買が証券会社に委託してされた場合には、同令二六条二項一号の「売買の回数」は、証券会社に対する売買委託の回数により売と買をそれぞれ別にして算定すべきである。

(3) 原告の昭和四六年分、四七年分の売買委託回数、取引株数、その明細は次のとおりである。

昭和四六年分

現物取引 明細は別表3のとおり

買   一四回   三万六、〇〇〇株

売   三三回  一〇万〇、〇二〇株

信用取引 明細は別表5のとおり

買   三三回  一六万八、〇〇〇株

売   二〇回  一三万三、〇〇〇株

以上計 一〇〇回 四三万七、〇二〇株

昭和四七年分

現物取引 明細は別表7のとおり

買   一九回   九万五、〇〇〇株

売   三七回  一〇万四、一六六株

信用取引 明細は別表9のとおり

買   二一回  一六万〇、〇〇〇株

売   一八回  一四万三、〇〇〇株

以上計九五回   五〇万二、一六六株

四  抗弁に対する原告の認否

(一)  抗弁(一)の事実のうち、事業所得、給与所得、配当所得の各金額は認めるが、雑所得の金額は争う。

(二)  抗弁(二)の事実のうち、金銭貸付利息の所得は認めるが、株式売買による所得は争う。

(三)  抗弁(三)(四)の内容の株式売買取引が原告の名義で行われていることは認める。しかし、そのうち、別表10に記載の売買は、訴外堤久美子が原告名義で行つたもの、別表11に記載の売買は、訴外佐々木健二が原告名義で行つたもの、別表12に記載の売買は、山一証券が原告の事前の了解を得ずに行つたものであつて、これらはいずれも原告が売買したものではない。その余の抗弁(三)(四)の事実は認める。

(四)  抗弁(五)の(1)(2)は認め、(3)は争う。

株式の売買回数は、顧客の委託注文の意思、すなわち、何回に亘り委託注文をする意思であつたかにより定まるものである。原告の株式売買回数は、昭和四六年分三五回、昭和四七年分二一回であり、その詳細は別表13のとおりである。したがつて、原告の株式売買による所得に対しては、所得税法九条一項一一号により所得税は課せられない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  申告と更正

原告が昭和四六年分及び昭和四七年分の所得税の確定申告をしなかつたところ、被告が昭和五〇年一月二五日付で本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  争いがない所得

原告は、昭和四六年分、昭和四七年分として、抗弁(一)の事業所得、給与所得、配当所得、及び抗弁(二)の金銭貸付利息の雑所得があり、したがつて、少なくとも、以上の合計額である昭和四六年分二六一万〇、一〇七円、昭和四七年分二六一万七、二七一円の総所得があつたことは、当事者間に争いがない。

三  株式売買による雑所得

(一)  争いがない株式売買による所得について

抗弁(三)(四)の株式売買による所得のうち、別表10ないし12に記載の売買による所得を除くその余の部分については、当事者間に争いがない。

(二)  原告が訴外堤久美子の取引と主張する売買について

原告は、別表10の売買は堤久美子が原告名義で行つたもので、原告が行つたものではないと主張している。

(1)  成立に争いがない甲第四号証の一ないし三、同第五号証の一ないし四、同第六号証の一ないし六、同第七号証の一ないし六、同第八号証の一、二、同第九号証、同第一〇号証の一ないし三、同第一二号証の一、二、同第一三号証の一ないし四、同第一四号証、同第一五号証の一ないし四、同第一六号証の一ないし三、同第一七号証の一ないし三、同第一八ないし第二〇号証の各一、二、同第二一号証及び同第二二号証の一ないし四、証人福井敬育の証言及び弁論の全趣旨によつて成立が認められる乙第二号証の一ないし一六、同第三号証の一、二、同第四号証の一ないし二〇一及び同第五号証の一ないし三六、証人堤久美子種び同福井敬育の各証言並びに原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(ア) 別表10の株式取引は、その売買の委託をした山一証券との間では、全て原告名義で行われ、堤久美子の名義で行われたものはなかつた。

(イ) 右取引について、山一証券と売買委託をし、取引の成否を問い合わせ、買受代金の支払いや売却代金の受領を担当したものは、全て原告であつて、堤久美子が行つたものはなかつた。

(ウ) 原告は、右取引が堤久美子のために行われることを山一証券に告げたことはなかつた。

(エ) 右取引により買い受けられた株式の株主名義は、原告に書き替えられ、堤久美子名義に書き替えられたものはなかつた。したがつて、その株式の配当も原告に支払われた。

(オ) 原告は、右取引によつて買い受けた株式の株券を、堤久美子に告げずに原告の信用取引の担保として山一証券に提供した。

(カ) 右取引の売却、購入代金が、堤久美子名義の預金口座より入出金されたことはなかつた。

(キ) 堤久美子は、原告の妻訴外中屋ようこの妹にあたり、原告夫婦と同居していた。堤久美子は、昭和一八年生れで、昭和三七年以降資生堂に勤務して経理事務を担当していたものである。

(2)  右認定事実によると、原告は、右の株式取引を自己のために行い、それによる利益も自らが取得したものと推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない。

(3)  証人堤久美子の証言及び原告本人尋問の結果(以下両名の供述という)中には、右株式取引のうち現物売買は、堤久美子が原告に依頼して原告名義で行つたもので、それによる利益は堤久美子に帰属するとの供述部分がある。しかし、これらは次の点を考慮すると到底信用することができない。

(ア) 両名の供述中には、堤久美子はその当時二、三百万円もの金を姉の中屋ようこに預け、株式買入代金はそのうちより支出して貰い、株式売却代金、配当金等の入金もそのまま姉に預つて貰つていたが、預り金の出入、現在高を記した帳簿は作らず、メモを時々作つていた、という部分がある。しかし、堤久美子は、昭和四六、七年当時、既に二八、九歳になり、会社に勤務して経理事務を担当していたものであるから、姉に金銭を預つて貰つていたというのはいかにも不自然である。そのうえ、姉妹の関係にある者であつても、二、三百万円もの多額の金員を預り、しかも預り金の出入が多数に亘る場合は、別個の預金口座を設けるとか、少くとも帳簿により支出、受入、現在高を明らかにするのが通常であるのに、そのようなことはせず、ただ現在高を示すメモを時々作成していたというのであつて、このことは不合理というほかはない。

(イ) 両名の供述中には、堤久美子は、原告の買う株の銘柄に「便乗し」、それに「大体ついて」行つたという部分がある。ところが、前記(一)の当事者間に争いがない事実によると、原告が堤久美子の取引であると主張する買受け計一三銘柄、二七回のうち、その買付委託日と同日又はそれ以前に原告が同一銘柄を買付委託しているのは四銘柄、八回に過ぎないことが認められる。そうすると、右供述はこの点で虚偽であり、このことは、両名の供述全体の信用性をも疑わせる理由となるのである。

(ウ) 両名の供述中には、原告主張の取引による取得株式は堤久美子に属するという部分がある。しかし、前記認定のとおりそれらの株式の名義は全て原告に書き替えられているのである。堤久美子が株式取引に不慣れだとすれば、それはその手続を原告が代行する理由となつても、取得株式を原告名義としなければならない理由にはならない。そうして、他に原告名義に書き替えなければならない理由があつたことは本件全証拠によつても認められない。

(エ) 両名の供述中には、堤久美子は姉に預けていた金のうち二〇〇万円を昭和四八年以降に返還を受け、それを一部預金したという部分がある。しかし、その預金の事実を裏付ける預金通帳などが書証として提出されていない。

(三)  原告が訴外佐々木健二の取引と主張する売買について

原告は、別表11の売買は佐々木健二が原告名義で行つたもので、原告が行つたものではないと主張している。

(1)  前記乙第二号証の一ないし一六及び同第三号証の一、二、証人佐々木健二及び同福井敬育の証言並びに原告本人尋問の結果によると、原告が佐々木健二の取引と主張するものについても、佐々木健二の名ではなく原告名義で山一証券に売買の委託がされ、その売買差益差損も原告名義の口座で決済されたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(2)  他方、証人佐々木健二の証言によつて成立が認められる甲第一号証、同証言、及び原告本人尋問の結果中には、右取引は、原告と山一証券の承諾のうえで、佐々木健二が原告名義で委託売買取引をしたもので、その差益も佐々木健二が取得したとの供述部分がある。

(3)  ところで、弁論の全趣旨によつて成立が認められる甲第二六号証、証人佐々木健二及び同福井敬育の各証言及び原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(ア) 原告と佐々木健二とは同じ会社に勤める同僚であつた。原告は従前より山一証券に担保を差し入れて株式の信用取引を行つていた。佐々木健二も株式の信用取引をしたいと考えたが、山一証券に差し入れるべき担保が充分になかつた。そこで佐々木健二は、山一証券と原告名義で信用取引の売買委託をし、原告がその責任を負うが、原告と佐々木健二との間ではその取引に関する損益は全て佐々木健二に帰属するとすることについて原告と山一証券の社員訴外福井敬育の承諾を取り付けた。

(イ) そこで、佐々木健二は、昭和四六、四七年中に、福井敬育に電話をして、原告名義による株式信用取引の売買委託をし、その委託にもとづき売買が行われた。

(ウ) 右のとおり売買委託をした場合、佐々木健二は原告にその旨を連絡し、原告との間でその売買差益、差損金の精算をした。

(エ) 佐々木健二は右のようにして信用取引として昭和四七年一月五日買い受けた東映株式四、〇〇〇株のうち二、〇〇〇株を同年七月三日売却し、残余の二、〇〇〇株は同日代金を支払つて株券を引き取り、同年八月二八日株主名義の書替えをした(被告が別表7、9で右同日付で原告の取引と主張する分)。

(4)  右認定の事実によると、(エ)の東映株式については原告ではなく佐々木健二が売買し、その売買差損も佐々木健二が負担したものであるし、その余の別表11の個々の売買取引の利益が原告の所得になつたとすることはできない。そうして、他に別表11の売買取引を原告が行い、それによる利益を原告が取得したものと認めるに足りる証拠はない。

(5)  そうすると、別表11の売買による利益を原告の所得に算入することはできないことに帰着する。

(四)  原告が山一証券の取引と主張する売買について

証人福井敬育の証言によつて成立が認められる甲第二八号証の一ないし六、右証言、及び原告本人尋問の結果によると、山一証券の社員福井敬育は原告の事前の承諾を受けないまま、別表12のとおり原告名義で株式の信用取引の売と買とを同一日中に行い、それによる利益を原告名義の口座に入金したこと、福井敬育はその旨を当日又は翌日に原告に電話で連絡したこと、原告はその取引については全て利益が生じていたので、原告名義による取引を了承し、福井敬育に礼を述べてその利益を取得したこと、以上のことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、右取引は事後ではあるが原告の了承(追認)があるからその効果は原告に帰属するし、その利益も原告が取得しているのであるから、その所得が原告に属することは明らかである。

(五)  原告の株式売買による雑所得の額について

以上の次第で、原告の株式売買による雑所得は、被告主張の売買のうち、別表11の売買を除くその余のものより生じた所得ということになるから、その額は別表14の〈2〉ないし〈12〉欄に記載のとおり、昭和四六年分六〇四万九、〇八〇円、昭和四七年分七三一万三、八二二円であることは計算上明らかである。

四  株式売買による所得に対する課税

(一)  所得税法九条一項一一号イ、同法施行令二六条二項は、株式の譲渡による所得に対しては原則として所得税を課さないものとしながら、例外的に売買回数が五〇回以上であり、かつ、売買株数が二〇万株以上であるときには、所得税を課するものとしている。そこで、原告の所得がこの例外の場合に該当するかどうかについて判断する。

(二)  売買の回数

(1)  所得税法施行令二六条二項一号の「売買の回数」とは、その売買を証券会社に委託して行つた場合には、各年ごとに、売の委託の回数と買の委託の回数を加算したものをいうのであつて、一の委託によつて数銘柄の売又は買の委託をしたとき又は一の委託に基づき数個の売又は買が成立したときでも、「売買の回数」は一回にすぎないものと解するのが相当である。

(2)  成立に争いがない乙第一号証、前記乙第四号証の一ないし二〇一及び同第五号証の一ないし三六、並びに証人福井敬育の証言によると、山一証券において行われていた事務取扱は次のとおりであつたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(ア) 顧客より株式売買の委託を受けたときは、それを受け付けた社員が、直ちに、株式売(買)付注文伝票に、顧客名、株式銘柄、数量、指値を記載し、この時点の時間をタイムレコーダーで印字する(昭和四六年七月ころまでは時間も手書していた)。

(イ) 右の株式売(買)付注文伝票は、各委託ごとに、売と買、現物取引と信用取引に分け、銘柄ごとに別個の用紙で作成する。しかし、これ以上に一個の委託による注文について別個の数枚の伝票を作成することはない。

株式売(買)付注文伝票を作成した後に、その顧客より売買注文株数を増加したい旨の申出があつた場合には、既に作成した伝票の株数の記載を変更することはしないで、増加分について別個の伝票を作成する。

(ウ) 顧客より委託を受けた株式売買の約定が成立したときは、約定の成立毎に、顧客名、銘柄、株数、単価、約定日などを記載した売買報告書を作成し、顧客に送付する。

売買報告書は、株式売(買)付注文伝票と対照して作成されるので、数枚分の伝票分の売買が一枚の売買報告書に記載されることはない。伝票に記載された売買委託株数のうちの一部についてのみ売買約定が成立したときは、委託株数のうち未だ約定の成立していないものがあることを示すため、売買報告書の欄外に、「(委託株数よりそれまでに約定の成立した株数を減じた株数、ただし同一日中に成立した約定の株数は減じない)ノウチ」と表示する。

(3)  右認定の事実によると、一の売買委託で数個の銘柄の注文をしたことがなく、かつ、売買報告書に「(・・・・)ノウチ」との記載がない場合は、その売買報告書に記載の売買は一の委託による売買の全てであり、売買報告書の数と売買委託の数とは一致することになる。

そして、原告本人尋問の結果によつて原告が作成したものと認められる甲第二三号証の一ないし三五及び同第二四号証の一ないし二一によると、原告は一の売買委託で、数個の銘柄の株式の売買の委託をしたり、同時に現物取引と信用取引の委託をしたりしたことのないことが認められる。

右認定の事実や、前記乙第三号証の二、同第四号証の一、同号証の四ないし二〇一(売買報告書)、同第五号証の一ないし三、同号証の一〇ないし一二、同号証の二四、二五、同号証の二七、二八、同号証の三二、及び同号証の三五、三六(株式売(買)付注文伝票)によると、原告が前記三に認定した株式売買について、山一証券に対してした売買委託の回数は、少なくとも次のとおりであることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

昭和四六年分     計 七八回

現物取引 買  九回 売 三二回

信用取引 買 二〇回 売 一七回

昭和四七年分     計 七〇回

現物取引 買 一四回 売 三七回

信用取引 買  九回 売 一〇回

原告は、所得税法施行令二六条二項一号の「売買の回数」は、顧客が何回に亘り委託注文をする意思であつたかによつて定まるとし、原告の売買の回数を昭和四六年分三五回、昭和四七年分二一回と主張している。

しかし、「売買の回数」とは、前述したとおりに解釈されるべきであつて、原告のこの点に関する主張は、独自の見解であつて採用できない。なお、原告の主張が採用できない理由を以下に詳述する。

所得税法施行令二六条二項は、同条一項の納税者の目的により決する実質的規定を補完し、形式的で明確な基準により課税の可否を決しようとする規定である。

原告主張のように解すると、極端な場合、納税者が一年分の委託が一回であると考えさえすれば課税を免れることができることになる。ところで、そのような意思は、散発的に少数回しか委託注文しない者よりも、多数の株式を継続して委託注文する者について推認されることになろうが、このような結果が同条や所得税法九条一項一一号の規定に照らして不合理であることは明らかである。

このようにみてくると、「売買の回数」とは、納税者が何回に亘り委託注文をする意思であつたかによつて定められるものではなく、証券会社との間で現に行われた株式売(買)付委託契約の回数によつて定められるべきものである。

そうすると、昭和四六年分、昭和四七年分のいずれについても、原告の売買の回数は五〇回以上であるから、原告の株式売買による所得は、同令二六条二項一号の要件に該当するとしなければならない。

(三)  売買の株数

前記三に認定の事実からすると、原告が昭和四六年分、四七年分に売買をした株数は次のとおりである。

昭和四六年分

現物取引買  三万六、〇〇〇株

売     一〇万〇、〇二〇株

信用取引買 一四万四、〇〇〇株

売     一一万八、〇〇〇株

以上計   三九万八、〇二〇株

昭和四七年分

現物取引買  八万六、〇〇〇株

売      九万五、一六六株

信用取引買 一一万三、〇〇〇株

売      八万九、〇〇〇株

以上計   三八万三、一六六株

所得税法施行令二六条二項二号の「売買をした株数」とは、各年ごとに、売の株数と買の株数とを加算したものを指称し、一の株をある年に買い入れて未だ売却していないときでも、その一株は「売買をした株数」に含まれるし、一の株を同一年に売買したときは、売買あわせて二株が「売買をした株数」に含まれるものと解するのが相当である。

そうすると、昭和四六年分、四七年分のいずれについても、売買をあわせた株数は二〇万株以上であるから、原告の株式売買による所得は同令二六条二項二号の要件に該当することになる。

(四)  以上のとおり、原告の株式の売買は、昭和四六年分、四七年分とも、所得税法施行令二六条二項一号、二号の各要件を充しているから、この売買による所得に対しては所得税法七条一項一号、九条一項一一号イにより所得税が課せられる。

五  結論

以上の次第で、原告の総所得金額は前記二の争いがない額に、前記三の株式売買による所得を加えたもの、即ち、別表14に記載のとおり、昭和四六年分八六五万九、一八七円、昭和四七年分九九三万一、〇九三円ということになる。

そうすると、この額は本件処分が認めた総所得金額を超えるし、原告が確定申告をしなかつたことは当事者間に争いがないから、本件処分はいずれも適法である。

そこで、原告の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 井関正裕 小佐田潔)

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